バイブルハウス南青山 通販カタログ ver.2
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聖書の訳文について聖書の構成について■聖書は旧約聖書・新約聖書の二つの部分から、教会によっては旧約聖書続編を合わせた三つの部分から構成されています。①旧約聖書(創世記からマラキ書までの三九の文書)②新約聖書(マタイによる福音書からヨハネの黙示録までの二七の文書)③旧約聖書続編(トビト記からマナセの祈りまでの十三の文書)※1口語訳一九五四年︵新約︶、一九五五年︵旧約︶発行文語訳聖書の改訳は一九四一(昭和十六)年に決議され、文語体で作業が進められていました。しかし、旧約聖書続編 ※1元来は紀元前から紀元後一世紀までの四〇〇年間に成立した宗教文書で、旧約聖書(原典ヘブライ語)のギリシア語訳の「七十人訳」がなされたとき、これらの文書も加えられ、初期キリスト者は旧約聖書とともにこれらも受け継ぎました。十三書のうち、はじめの十書をカトリック教会では「第二正典」と呼び、正典として認めています。他方、プロテスタント諸教会ではこの十三書をアポクリファ(外典)と呼び、正典とは区別しています。『トビト記』『ユディト記』『エステル記(ギリシア語)』 『マカバイ記一』『マカバイ記二』『知恵の書』『シラ書〔集会の書〕』『バルク書』『エレミヤの手紙』 『ダニエル書補遺』 『エズラ記 (ギリシア語)』『エズラ記 (ラテン語)』『マナセの祈り』文語訳一八八七年︵旧約︶、一九一七年︵改訳新約︶、一九八二年︵新組版︶発行一八七二年九月、それまで様々な仕方で聖書の日本語訳を試みていた各派宣教師たちが最初の会議を横浜居留地三九番地のヘボン宅で開きました。この会議で、聖書の翻訳に各派共同であたることになり、選出された委員たち「翻訳委員社中」により、一八七四(明治七)年から翻訳を始め、分冊で順次出版し、一八八〇(明治十三)年に『新約全書』が完成しました。一方、旧約聖書についても、一八七八(明治十一)年に「聖書翻訳出版常置委員会」を組織し、本格的に翻訳が開始されました。翻訳には、欽定訳英語聖書、ブリッジマン・カルバートソン漢訳聖書などが参考にされました。米国、英国、スコットランドの聖書協会の経済的助力により、一八八七(明治二〇)年全部の翻訳が完成しました。これが、「明治訳」(元訳)と言われるもので、その旧約聖書は今も出版されています。 「明治訳」の新約聖書はその後改訳され、一九一七(大正六)年に出版されたので「大正改訳」とも呼ばれ、現在まで新約はこの「大正改訳」が出版され続けています。『文語訳聖書』は文語体の峻厳かつ高雅な文章で、日本文学に多々引用されるなど、多方面に影響を与えて来ました。発行後百二五年が経った今もなお愛読者が絶えない名訳です。引照つき聖書 聖書理解の助けとなるよう、並行記事、相似するテーマや教え、語句、各種説明などが載った聖書の他の部分の書名章節を、欄外に記してある聖書です。新共同訳一九八七年︵旧約、新約、旧約聖書続編︶発行一九六〇年代から教会一致運動(エキュメニズム)が高まる中、一九六二年の第二バチカン公会議以降カトリック教会がプロテスタント教会との協力を打ち出し、聖書についても両教派による共同翻訳の実現が望まれるようになりました。一九六八年、聖書協会世界連盟(UBS)と教皇庁のキリスト教一致推進事務局との間で、プロテスタントとカトリックが同じ聖書を用いるための聖書翻訳の「共同作業のための標準原則」がまとめられ、世界各国で「共同訳」の翻訳が開始されました。わが国においても、一九六九年七月から四回にわたって開かれた共同訳聖書可能性検討委員会が、共同訳は必要かつ可能であるとの答申をまとめ、翌年に共同訳聖書実行委員会が発足しました。教派を超えた専門委員による協力体制を整えて、旧約はドイツ聖書協会のビブリア・ヘブライカ・シュトットガルテンシア、新約はUBS発行のGreek New Testament修正第3版を底本とし、またアポクリファについても旧約聖書続編として底本にはゲッティンゲン研究所のギリシア語旧約聖書およびドイツ聖書協会のウルガタ版聖書を用いて、翻訳作業が進められました。翻訳には延べ十八年の歳月を要し、『聖書 新共同訳』が一九八七年九月五日に発行されました。翻訳の資金は初めて日本人の手によってまかなわれました。カトリック教会とプロテスタント諸教会の聖書学者七〇人以上の英知を結集。わかりやすいのと同時に、典礼、礼拝に用いられるのにふさわしい力強く格調高い訳文です。『聖書 新共同訳』は現在、日本の八割近くの教会、キリスト教主義学校で用いられています。大型講壇用A4判(左右210×天地297mm)大型A5判(左右148×天地210mm)小型A6判(左右105×天地148mm)ミニ判B7判(左右91×天地128mm)中型B6判(左右128×天地182mm)一九五〇(昭和二五)年ごろになると戦後の「新かなづかい」や「当用漢字」の制定による国語の変化や聖書学の急速な進歩で、聖書の口語体への改訳要求が次第に高まってきました。聖書協会は進行中だった文語訳を中止し、一九五一(昭和二六)年四月に改訳委員会が組織され、米、英両聖書協会の資金援助も得て、六月から翻訳が開始されました。作業は、東京・銀座の日本聖書協会の一室で行われ、旧約はキッテル改訂3版、新約はネストレ校訂21版を底本とし、直接それらから新たに訳されました。当時の学究成果を考慮し、平易簡明の文体を旨とした訳業が日本人の聖書学者によってなされ、着手後三年の一九五四(昭和二九)年に新約が、一九五五(昭和三〇)年に旧約が完成しました。『口語訳聖書』は、一九五五年度の「毎日文化賞」を受賞し、戦後の混乱期から高度成長を遂げてゆく日本で、広く、深く普及しました。文語訳聖書ゆずりの歯切れよい文体は、聖句を暗唱し、信仰生活の標語として心に留め、慰め、励ましを受け、それによって神の導きを受けるのに適していると評されています。※引照つき聖書は本文欄外に引照欄が設けられるため、本の判型に比して本文文字の大きさが1ランク小さくなります。(大型引照つき=8・5ポイント、中型引照つき=7ポイント)パール判A7判(左右74×天地105mm)※写真はありません

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