新翻訳事業について

日本聖書協会 講演会 聖書を耕す ―聖書との新たな出会いのために―

石川 立氏

石川 立氏
2014年5月15日
於・TKP大手町カンファレンスセンター

本日は、目下、日本聖書協会で進めております聖書の新しい翻訳について、皆様のご理解をいただきたく、翻訳者また編集委員という立場からお話をさせていただきます。

Ⅰ.問題の定義:なぜ新しい翻訳を出すのか?

先日、ある教会の少々年配の女性の方に、「聖書の新しい翻訳がまた出るようですね」と話しましたら、「えっ? また新しい翻訳を出すんですか?!」と驚いていらっしゃいました。「私はずっと、口語訳聖書に親しんできたんです。でも、ついこの前だと思うのですが、新共同訳聖書が出て、教会でも取り入れ、私もやっと慣れてきた――というのに、また新しい翻訳が出るんですか?!」と戸惑ったご様子です。

新しい聖書翻訳が準備されていると聞いたときに、「せっかく『新共同訳聖書』にも慣れてきたのに、また新しい訳が出るのか」――このような感想を持たれる方も多いのではないでしょうか。そのように感じられるのも、ごもっともだと思います。

ご年配の方は、「新共同訳は、つい最近出た」というふうに思っていらっしゃるかもしれません。しかし、実は、新共同訳聖書が出てからすでに27年も経っています。

「そうか、新共同訳は出版されて25年以上も経ったのか。やはりもう古臭くて、読むに耐えないのか」。

いえいえ、そういうわけでもありません。もちろん、海外のものも含めて、どんな聖書の訳でも完全、完璧というものはありませんから、新共同訳も完全ではありません。しかし、慌てて抜本的に修正しなければいけないような致命的な欠陥がある、というわけでもありません。新共同訳は立派な訳です。確かに「欠点」はありますけれども、それは他の聖書訳も同じです。まだなお読むに耐えるもので、古臭くなってしまったわけではありません。

「なんだ、それなら、わざわざ苦労して新しい訳を出さなくてもよいではないか」ということになるかもしれません。

しかし、新しい訳を出さないということも、これはこれでまた問題です。新しい訳を30年も出さずに放っておきますと、「聖書協会も聖書学者も怠慢だ、何をしているんだ」とお叱りを受けてしまいます。

「聖書の翻訳というものは、ずっと長いあいだ大切にすべきで、頻繁に訳し直すようなものではない」と感じる一方で、「聖書学も、日進月歩、進歩しているはずなので、聖書も何年か経ったらやはり新しい訳を出したほうがいい」と思うのも、私たちの普通の感覚ではないでしょうか。

私たちの一般の感覚をもとに考えますと、新しい訳を出すべきなのか、出す必要がないのか、なかなか判断がつきません。

日本聖書協会は、新しい翻訳を企画し、目下、鋭意、準備を進めております。しかしながら、私たちは立ち止まって問いたいような気もします。「一体どうして新しい訳を出すのでしょうか?」。

何も、白黒はっきり分けられるような、整然とした論理的な理由があるわけではないでしょう。

  • 前のページへ
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
このページに関するお問合せは
一般財団法人 日本聖書協会 翻訳部
〒 104-0061  東京都中央区銀座 4-5-1
TEL.03-3567-1989  FAX.03-3562-7227  E-mail. transl@bible.or.jp

ページの先頭に戻る

1997-2014(c)Japan Bible Society, Allrights reserved.  当サイトに掲載されている情報の無断転載を禁止します。