新翻訳事業について

日本聖書協会 講演会 聖書を耕す ―聖書との新たな出会いのために― 石川 立氏

石川 立氏
2014年5月15日
於・TKP大手町カンファレンスセンター

Ⅲ.新訳の目標、実際の作業から

さて、聖書の翻訳は定期的にしていかなければならないのだということをご理解いただけたかと思います。

それで、日本聖書協会では、新しい聖書の翻訳を企画することになりました。2010年から新しい翻訳の作業を開始したわけです。

翻訳の作業で大事なことは方針です。どんなプロジェクトでも方針・向かう目標は大事なのですが、翻訳の作業でも同じです。何の方針もなく、翻訳者を集めて、「さあ、とにかく、訳してください」と言うだけでは、聖書の翻訳は出発することはできません。方針・目標を決めなければなりません。

今回の翻訳事業では、次のことを目標にしました――新しい翻訳聖書は「カトリックとプロテスタント教会の礼拝、礼典において教職者と信徒が、聖書を『信仰の書』として読むため」のものである。

新共同訳聖書も、カトリックとプロテスタント両教派での使用を前提とした共同の翻訳でした。ところが、「もちろん教会で使うけれども、一般の人たちも理解できる」ということを当初目標にし、その後、教会での使用を優先するという方針に変更しましたので、目標が曖昧になり、その結果、翻訳方針にも混乱が生じてしまったようなのです。

このことを反省して、新翻訳事業では、はじめからこれを大きな目標として掲げたのです。「カトリックとプロテスタント教会の礼拝、礼典において教職者と信徒が、聖書を『信仰の書』として読むため」。

この目標については、ご批判もあろうかと思います。これは「内向き」ではないか。教会の礼拝・礼典にだけ目をやり、聖書を「信仰の書」として捉えるのは、教会の外への配慮がなさすぎるのではないか。

そのようなご批判もあろうかと思います。しかし、新翻訳事業の目標が「教会の礼拝、礼典において、教職者と信徒が、聖書を『信仰の書』として読む」ためというものであっても、このことは、「聖書が一般の人々に読まれる」ということを排除するものではありません。いろいろな聖書の訳があっていい。岩波の訳もあっていいし、個人訳もあっていい。それぞれが排除しあうのではなく、異なる役割を持てばいいのではないかと考えます。「教会のことを考えるのは内向きだ、けしからん」ということで、すべてが一般の人たちの教養に仕える翻訳、学問・研究に仕える翻訳ばかりになってしまいますと、教会が困ります。教会のための聖書もなければいけない。いや、教会がもっとも聖書を読み、用いるのですから、日本聖書協会としては、やはりまず、最も求めの多い教会向けの聖書を作らなければならない――これは当然だろうと思います。何も、閉ざされているわけではない。開かれています。教会だけで通じるような用語はもちろん避けなければなりません。一般の人たちも読めるようにするのは当然です。しかし、礼拝・礼典で用いられることが主であり、「信仰の書」として読まれることを大きな目標にする必要があるのです。

  • 前のページへ
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
このページに関するお問合せは
一般財団法人 日本聖書協会 翻訳部
〒 104-0061  東京都中央区銀座 4-5-1
TEL.03-3567-1989  FAX.03-3567-4436  E-mail. transl@bible.or.jp

ページの先頭に戻る

1997-2014(c)Japan Bible Society, Allrights reserved.  当サイトに掲載されている情報の無断転載を禁止します。