新翻訳事業について

日本聖書協会 講演会 原文の味・訳文の味 柊 曉生氏

柊 曉生氏
2015年3月6日
於・フクラシア東京ステーション

Ⅳ 「本文注」:新しい聖書の特徴

新しい翻訳聖書では、聖書本文の下の脚注欄に「本文注」が付いた聖書も作成されます。たとえば、創世記2章7節を例にとりますと、以下のように本文注が記されます。

本文 主なる神は、*a土の塵で*b人を形づくり
本文注 a「ヘ」アダマ b「ヘ」アダム

本文注は主として以下のような場合に付けられます。

(A) 異本:底本から離れる場合

底本のヘブライ語(マソラ・テキスト)本文が、他のヘブライ語写本や七十人訳ギリシア語聖書などと異なり、本文を修正する、あるいはしない場合などに注を付けます。あるいはわかりやすくするために、原文にない語や句を付け加える場合です。創世記4章8節の例。

「カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき」(新共同訳)
「カインは弟アベルに言った、『さあ、野原へ行こう』。彼らが野にいたとき」(口語訳)

「さあ、野原へ行こう」という言葉は、七十人訳ギリシア語聖書にあるもので、底本のヘブライ語聖書にはありません。動詞「言う」のあとに、何の言葉もないよりは、「さあ、野原へ行こう」という言葉があったほうが筋が通ることは通っています。いくつかの外国語訳でもこれを取り入れているのがあり、口語訳聖書もそうしていますが、新共同訳聖書は底本にしたがっています。こうした場合、「本文注」に説明がありますと、違う翻訳に出会ったとき、これは誤訳ではないかなどの困惑が避けられます。

(B) 別訳:底本通りの訳でも、いくつか重要な訳がある場合

出エジプト記15章8節には、葦の海でイスラエルの民のあとを追ってきたエジプト軍を、主なる神が海の藻屑とされた後、モーセがそれを感謝して歌う海の歌の中に次ようなの文言があります。

「憤りの風によって、水はせき止められ、」(新共同訳)
「あなたの鼻の息で、水は積み上げられ、」(口語訳)

一方は「憤りの風」であるのに対し、他方は「鼻の息」と訳されています。同じ原文がこのように異なって訳されるのは、原語の持つ意味の解釈によるものです。鼻あるいは憤りと訳された単語は、ヘブライ語でアフと言い、鼻、顔、憤りなどの意味を持っています。日本語で「憤り」というのは、息がつまる、思いが胸につかえるということから、怒り、腹を立てる意味になっていったと考えられますが、ヘブライ語では、怒りの時の鼻息の荒さ、あるいは顔の形相から、鼻や顔が憤りの意味を持ったものと思われます。それに対し、風あるいは息と訳された単語は、ヘブライ語でルーアハと言い、風、息、霊などの意味を持っています。霊というのは、風や息などのように目に見えないが動き働く力と考えられます。

ですから、原文をどのように理解するかによって翻訳は異なってきます。「憤りの風」と訳すのは、神のエジプト軍に対する怒りの心情をあらわすもので、「鼻の息」と訳すのは、神の行為を擬人的にとらえて訳したものです。

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