新翻訳事業について

日本聖書協会 講演会 「それでも新聖書翻訳」 津村 春英氏

津村 春英氏
2015年4月10日
於・梅田スカイビル・タワーイースト

1) ヨハネ福音書1:3-4

ヨハネ福音書1:3, 4の従来の諸訳は、ネストレに準拠しておらず、新共同訳も以前の25版の本文のままであった。諸訳は、「この言に命があった」と訳しているが、ネストレ文によると、3ホ ゲゴネン 4エン アウトー ゾーエー エーン(カンマ)であって、文は「ホ」から始まり「エーン」で区切られていて、4節の「エン アウトー」(彼にあって)は前の「ホ ゲゴネン」(生じたもの)にかかり、「彼(言)にあって(おいて、うちに)生じたものは、命であった」と訳さねばならないが、従来は、「生じたもの(ホ ゲゴネン)」を前の文の主語として訳していた。なお、NRS89はWhat has come into being 4 in him was life,とNAに従って訳出し、注記に従来の訳を提示している。以下に、従来の訳と最近の訳を示す。

新共 3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。 4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
新改 3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。 4 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
口語 3 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 4 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
文語 3 萬の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。 4 之に生命あり、この生命は人の光なりき。
フラ 3 すべてのものは、み言葉によってできた。できたもので、み言葉によらずにできたものは何一つなかった。4 み言葉の内に命があった。この命は人間の光であった。
岩波 3 すべてのことは、彼を介して生じた。彼をさしおいてはなに一つ生じなかった。彼において生じたことは、生命(いのち)であり、その生命は人々の光であった。
田川 3-4 万物がそれによって生じた。そしてそれなしには何一つ生じなかった。それにおいて生じたものは、生命であった。そして生命は人間たちの光であった。
2)コリント一13:3 「誇るために」か「焼かれるために」か

コリント一13:3について、ネストレ本文はカウケーソーマイ(誇る:支持する写本はp46, シナイ、A, B写本)であるが、カウセーソマイ(焼かれる:C, D, 010写本)及びカウセーソーマイ(焼かれる:接続法、044写本と小文字写本)などの写本も存在する。なお、新共同訳は前者を採用している。

新共 3 全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
新改 3 また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。
口語 3 たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。
文語 3 たとひ我わが財産をことごとく施し、又わが體を焼かるる爲に付すとも、愛なくば我に益なし。
フラ 3 たとえ、全財産を貧しい人に分け与え、たとえ、賞賛を受けるために自分の身を引き渡しても、愛がなければ、わたしには何か益にもならない。
岩波 3 たとえ私が、私のすべての財産を分け与えたとしても、またもしも私が、私のからだを焼かれるために引き渡したとしても、しかし私が愛をもってはいないなら、私は何の役にも立たない。
田川 3 あるいは自分の財産を人に食べさせるために提供し、あるいは自分の身体を焼かれるためにわたそうとも、愛を持っていなければ、私は何の役にも立たない。
3)ヨハネ一5:18(NA28で本文変更)

筆者がSOWER41号誌の聖書セミナーにおいて指摘したヨハネの手紙一5:18であるが、NA28では、「アウトン」(彼を)から、シナイ写本などを証拠とする「ヘアウトン」(自分自身を)に本文の変更がなされた。つまり、「神から生まれた者は自分自身を守り、それで悪しき者が彼に触れることはありません」というような訳になるであろう。

新共 18 わたしたちは知っています。すべて神から生まれた者は罪を犯しません。神からお生まれになった方が、その人を守ってくださり、悪い者は手を触れることができません。
新改 18 神によって生まれた者はだれも罪の中に生きないことを、私たちは知っています。神から生まれた方が彼を守っていてくださるので、悪い者は彼に触れることができないのです。
口語 18 すべて神から生れた者は罪を犯さないことを、わたしたちは知っている。神から生れたかたが彼を守っていて下さるので、悪しき者が手を触れるようなことはない。
文語 18 凡て神より生れたる者の罪を犯さぬことを我らは知る。神より生れ給ひし者、これを守りたまふ故に、惡しきもの觸るる事をせざるなり。
フラ 18 神から生れた者はみな、罪を犯さないことを、わたしたちは知っています。神から生れた方がその人を守ってくださり、悪い者はその人に手を触れることができません。
岩波 18 私たちにわかっているように、すべて神から生れた者は罪を犯さない。むしろ神から生れた者は(神が)彼を守って下さる。そして悪しき者はこれに手を触れない。
田川 18 我々は知っている、神から生れた者はみな罪を犯すことなく、神から生れた者は自分自身を守り、そして悪しき者がその者にふれることはない、と。
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