新翻訳事業について

日本聖書協会 講演会 「それでも新聖書翻訳」 津村 春英氏

津村 春英氏
2015年4月10日
於・梅田スカイビル・タワーイースト

2.語の欠如(不足)などによる難解な個所

次に、文の主語や目的語(補語)が明確でない例をあげる。

1) ローマ8:28 主語が隠されている場合

ネストレ本文は、パンタ シュネルゲイ エイス アガソンであり、シナイ、C, D写本の読みを採用しているのに対して、p46, A, B写本は、シュネルゲイの後に、ホ セオス(神)が入っている。主語としての「神」を補ったと解釈される。三人称単数動詞シュネルゲイ(共に+働く)を支配する主語を「神」とするのが、口語、新改、である一方、パンタ(すべてのこと)を主語とするのは:文語、フラ、田川、新共、NRS89などである。なお、バウアーBauer辞典には、シュネルゲオーは、誰かが何かを得、何かをもたらすのを助ける(共に働く)、とある。

新共 28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。
新改 28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。
口語 28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さる
文語 28 神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。
フラ 28 神を愛する人々、すなわち、ご計画に従って召された人々のために益となるように、すべてが互いに働き合うことをわたしたちは知っています。
岩波 28 神を愛する者たち、すなわち(神の)計画に従って召された者たちにとっては、すべてのことが共に働いて善へと至る、ということを私たちは知っている。
田川 28 神を愛する者たち、つまり(神の)計画に従って召された者たちのためには一切が良い方向へと働く、ということを我々は知っている。
NRB89 28 We know that all things work together for good for those who love God, who are called according to his purpose.
2) コリント一7:21 動詞の目的語(補語)がない場合  cf.7:17, 20

新共同訳以前の委員会訳はすべて「自由の身になる」ことを勧めているが、新共同訳は「奴隷に留まる」と訳出している。これは「クラオマイ」(利用する)には通常、与格の目的語が続くが、この文には存在しないゆえに、その解釈が議論される。この段落の初めは、新共同訳では、7:17 「おのおの主から分け与えられた分に応じ、それぞれ神に召されたときの身分のままで歩みなさい」。そして、この段落の結論としては、7:24 「兄弟たち、おのおの召されたときの身分のまま、神の前にとどまっていなさい」。とあるので、21節が「自由になりなさい」と訳せば、例外規定を述べていることになる。

新共 21 召されたときに奴隷であった人も、そのことを気にしてはいけません。自由の身になることができるとしても、むしろそのままでいなさい
新改 21 奴隷の状態で召されたのなら、それを気にしてはいけません。しかし、もし自由の身になれるなら、むしろ自由になりなさい
口語 21 召されたとき奴隷であっても、それを気にしないがよい。しかし、もし自由の身になりうるなら、むしろ自由になりなさい
文語 21 なんぢ奴隷にて召されたるか、之を思ひ煩ふな(もし釋さるることを得ばゆるされよ
フラ 21…しかし、もし自由の身になることができるなら、そうしたほうがよいでしょう
岩波 21 あなたが奴隷として召されたのなら、そのことで悩まぬようにしなさい。しかし、たとえあなたが自由人になることができるとしても、あなたはむしろ(神の召しそのものは大切に)用いなさい
田川 21 招かれた時に奴隷であったとしても、気にすることはない。たとえ自由になれる可能であっても、むしろ用いるがよい。(奴隷であるということをそのまま保っているがよい、という趣旨)
NRS89 21 Were you a slave when called? Do not be concerned about it. Even if you can gain your freedom, make use of your present condition now more than ever.
3) ヨハネの手紙一2:20 動詞の目的語がない場合2.

ヨハネの手紙一2:20の終わりの部分の「オイダテ(あなたがたはわかっている) パンテス(すべて)」、直訳は、「あなたがたは皆、わかっている」であり、その目的語がない。そこで、邦訳では、その目的語を補うことになり、たとえば、「真理」(新共)や「知識」(新改, NRS89も)を補っているが、ここは19節の「彼らは皆」と同じように、「あなたがたは皆、わかっています」の意であると思われる。対格「パンタ」(すべてを)の異読があり、文語訳、フランシスコ訳はこちらを取るが、本文批評上は複数主格「パンテス」がオリジナルと思われるので、「あなたがたは皆、わかっています。」で良いと思われる。

新共 20 しかし、あなたがたは聖なる方から油を注がれているので、皆、真理を知っています
新改 20 あなたがたには聖なる方からの注ぎの油があるので、だれでも知識を持っています
口語 20 しかし、あなたがたは聖なる者に油を注がれているので、あなたがたすべてが、そのことを知っている
文語 20 汝らは聖なる者より油注がれたれば、凡ての事を知る
フラ 20 しかし、あなた方には、聖なる方から受けた塗油があります。それで、あなたがたはすべてを知っています
岩波 20 あなたがたは聖なる方から塗油を受けており、そのために皆わかっている。
田川 20あなた方は、聖なるもの(者?)から注ぎを受けていて、(そのことは?)あなた方みなが知っているのだ。
NRS89 20 But you have been anointed by the Holy One, and all of you have knowledge.
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