新翻訳事業について

聖書事業懇談会 新聖書翻訳の魅力―旧約詩文学を実例として― 小友 聡氏

小友 聡氏
2016年3月4日
於:大会議室(名古屋市)

2. なぜ、いま、新しい聖書翻訳か

なぜ、今、新しい翻訳聖書が必要なのか、という問いがあります。1987年発行の新共同訳聖書にようやくなじんできたところなのに、どうして別の聖書翻訳が必要なのか、教会や学校が混乱するのではないか、という問いが聞こえてきます。それに対して私は、言葉というものは生きているからだ、と申し上げたい。旧約聖書はヘブライ語(一部はアラム語)原典から翻訳されます。原典は不変ですが、原典研究は絶えず深化し発展します。この20-30年の間でも、聖書学の知見は変化し、かつて共有されていた考え方が現在では顧みられないということもあります。それが、聖書をどう翻訳するかということに直接関わって来るのです。たとえば、今日の聖書学的知見によれば、動物名のシュアル(新共同訳「狐」)は「ジャッカル」と表記されるのがふさわしく、ツェビー/ツェビヤー(新共同訳「かもしか」)は「ガゼル」と表記されるのが妥当です。「かもしか」は日本では「かもしかのような足」を連想させる動物ですが、雅歌2:7, 17などの「かもしか」はガゼルのこと。決してすらりとした足で走るスマートな動物ではありません。また、雅歌2:15はこれまで「小狐」と訳されましたが、小賢しい厄介者という「小狐」のイメージは日本人の特有のものであって、それは「ジャッカル」と訳されるべき聖書本来の意味とはだいぶ異なることに気づかされます。「小狐」や「かもしか」によって醸し出される雅歌の牧歌的イメージが「ジャッカル」や「ガゼル」の登場によってすっかり変わることになり、がっかりする方もいるかも知れません。それは私たちが聖書をきちんと理解するために乗り越えねばならない課題です。

日本語そのものも時代とともに変わります。30年前に普通に使われていた言葉が今日では使われず、あるいは、そのニュアンスが変わるということがあります。たとえば「情報」という言葉がそうです。グローバル化が進んでいる今では「情報」という言葉は日常的に共有される知識を指しますが、かつて「情報」というと、情報員とか極秘情報という使われ方がされ、もっぱら隠匿された知見を意味したように思います。日本語のニュアンスは時代と共に少しずつ変化します。聖書原典は変わりませんが、それを翻訳する際の日本語はそのつど時代にふさわしい使い方が求められます。20-30年でどれほど変わるだろうかと疑念を持つ人がいるかも知れません。けれども、たとえば50年前に書かれた小説を私たちが読んで十分に理解はできても、その言葉の使い方の古さに辟易することがあります。若い人たちにとってはなおさらのことでしょう。やはり、言葉はそのつど検証され、その時代にふさわしい日本語かどうかが吟味されねばなりません。新共同訳聖書はまだまだ使えるという人がいます。私もそう思います。しかし、新しい翻訳聖書が徐々に普及していく中で、私たちが今、「口語訳」について感じる言葉の古さというものを新共同訳聖書にもきっと感じるようになるでしょう。新共同訳聖書はこれからも使用できるでしょうし、また併用されるべきと思いますが、いずれ新しい翻訳聖書が圧倒的に支持されるようになるでしょう。このことは原典翻訳担当者として発言したいことです。

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