総主事 渡部 信
General Secretary Makoto Watabe
シンガポールの音吉顕彰碑を前に

  「音吉」と言えば、現存する最初の日本語聖書である『ギュツラフ訳新約聖書』(1837 年)の翻訳作業を助けた人として多くの人々に知られるようになりましたが、現在、新しい音吉顕彰碑の設置によって、まさに音吉物語が現代によみがえろうとしています。2002年 の夏8月22日に、在シンガポール日本大使館とシンガポール日本人会の計らいにより、 シンガポール日本人墓地に「音吉顕彰碑」が設置され、その除幕式が行われました。
  音吉は晩年マレーシア人を妻とし、1862年シンガポールに移り住んだため、その娘エミリー・ ルイザ・オトソンの墓碑はフォート・カニング・パーク敷地内にギュツラフ夫人の墓碑と一緒に残されていますが、音吉自身の墓地は他の場所で、既に病院建築のために造成地と なり跡形もない状態にありました。しかし、140年経った今日、シンガポールで最初の日本人として、それにふさわしく、シンガポール日本人墓地に顕彰碑が設置されるようにな ったことは大変に名誉なことだと思います。
  音吉は初めてイギリスに帰化した日本人となりました。またキリスト者として長老教会 の礼拝に集いつつ、どのような信仰生活を晩年送ったのかは知る由もありませんが、あの「ハジマリニ、カシコイモノゴザル」に始まる和訳聖書がそのまま彼の信仰を支え続けた に違いありません。
  一男二女の子供たちの内、ジョン・W・オトソンは日本に帰化して神戸に移り住んだと ころまで判っていますが、二人の娘もイギリス人と結婚したと考えられており、今その子孫探しが、在イギリス日本大使館の協力などによって進められているのが現状です。
  シンガポール日本人墓地では、シンガポールで客死した二葉亭四迷のひときわ大きい墓 碑が建てられていたのが印象的でした。
2002年11月
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