総主事 渡部 信
General Secretary Makoto Watabe
いま、音吉物語が熱い
現音吉を偲ぶ人たちは絶えない
(記念碑前にて)
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  現存する最初の和訳聖書と言えば、1837年にシンガポールで印刷・出版されたギュツラフ訳聖書ですが、これはプロシアの宣教師ギュツラフがマカオで日本人漂流民と一緒に『ヨハネ福音書』と『ヨハネの手紙』の日本語翻訳を試みたものです。その日本人漂流民の中に愛知県知多半島出身の山本音吉がいました。彼はアメリカのシアトル付近まで漂流し、その後イギリス、喜望峰を回ってマカオでギュツラフと出会ったのです(三浦綾子著の『海嶺』)。洗礼を受けクリスチャンとなり、シンガポールに最初の日本人として居住し、49才でこの世を去りました。残されたギュツラフ訳聖書はアメリカ聖書協会の献金で製本されたものですが、後にヘボン博士がそれを見つけ来日の際に日本に持ち込みました。

  この音吉の長男、イギリス国籍のウイリアム・オトソンは1879年に日本に帰化願いを出し、神戸の商社に1922年まで勤務していました。最近の調査では1888年に近藤りんと結婚し、2男1女が与えられ、1926年に台北で79才で死去したことまで判明しています。もし、ウイリアム・オトソンの子供たちの消息が分かれば、更にこの音吉物語は熱を帯びて来るに違いありません。
2003年12月
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