「じつは、島原の乱はまだ終わっていないんですよ――」そんなことをヒトに話す妄想をすることがある。もちろん歴史的には、この一揆は1638年に終息している。  数年前、私は天草四郎時貞という人物に興味を持ち、この少年が旗印となった島原・天草一揆について調べたことがあった。私の関心は「四郎は実は原城で死んでおらず、龍に化身し、天草の島のヌシになった」という伝説が中心だったのだが、この「神童」にまつわる語りを味わうには、この一揆についても知っておいたほうがいいと思い歴史にも目を向けたのだった。  天草・島原一揆は、現代でも多くの人々に「信仰を軸に、自分たちの生活を守るため時の権力に抵抗した人たち」の記録として解釈されているように見える。キリスト教徒である私は、その風潮にどこか安堵していた。サブカルチャーにおいても、四郎をモデルとしたキャラクターは悪役であれ超越的な力を持つ存在として描かれる。銀座にある熊本のアンテナショップで、天草四郎に扮した役者がスニーカーでパルクールをしながら名所を駆け巡る映像が流れていたのを見たこともある。この一揆は義があったからこそ後世の人たちにこんな語りをされるのだと思った。私は意気揚々と島原の乱について深めていこうとした。  しかし、ある歴史学者の本を読んで、それまで活力に満ちていた私の天草四郎思索は一気にしぼんでしまった。その学者は書籍で、当時の一揆衆たちがその宗教性ゆえに地域の人たちに行った暴力的な行為について理路整然と述べていた。一揆衆たちの行いは「輸入された世界観に吞まれ、地元の民衆に暴力的に改宗を迫った挙句、歴史の凄惨な敗者となった」と解釈できる――そんなことを付きつけられた気がした。それでは、天草四郎にあんなに憧憬を重ねる人々を、伝説を、どう考えたらいいのだろう。視界に影が差してくるのを感じた。  けれど、薄暗くなった私の頭の奥から、ぼうっと、光が浮かびあがってきた。  聖書だ。  聖書はしばしば、失敗や悲劇さえ、時を超えて神が用られることを描く。人間の過ちや悲しみも、時を経て神は祝福に転じられる。そのまなざしで島原・天草一揆を見たとき、この出来事もまた、いつか「神の物語」として編み上げられることを信じてもいいのではないか――いや、それはもうすでに始まっているのかもしれない。そう思った。    ヌシになった四郎、強靭な力をもって現れる四郎、パルクールする四郎…これらの表現は、現代でもこの出来事に心を寄せる人たちが、その語りによって慰めや活力を得ていることの証ではないのか。いま私に差し出されたこの情景も、神の物語の一部なのではないか。そんなことが頭をひと巡りした。  以来、私は、怪訝な顔をされることを承知で「じつは、島原の乱はまだ終わっていないんですよ――」と、誰かに話してみたくなることがある。