【開催報告】聖書セミナー・長崎「聖書の言葉・詩の言葉」

2026年6月27日(土)、活水女子大学の大チャペル(長崎県長崎市)にて、聖書セミナー・長崎「聖書の言葉・詩の言葉」を開催いたしました。本セミナーは長崎キリスト教協議会、カトリック長崎大司教区の後援のもとで行われ、長崎県内をはじめ、福岡など九州各地から約70名の参加者が集まりました。

セミナーは、長崎キリスト教協議会代表の門田純氏(長崎ナザレン教会牧師)による開会祈祷をもって幕を開け、参加者はヴォーリズ建築の歴史あるチャペルの中で深く耳を傾けていました。教派を超えた多くの方々が一同に会し、共に学びと交流を深める有意義な時間となりました。

◆ 講演1:「若者よ、あなたの道を行きなさい —コヘレトの言葉を読む—」

講師:小友 聡 氏(日本旧約学会会長)

小友氏は、一見後ろ向きな印象を持たれがちな『コヘレトの言葉』から、現代の若者たちへ向けたエールを語りました。 まずコヘレトを象徴する「空の空」という表現から、ヘブライ語で「空」や「空しい」を意味する「ヘベル」という言葉が、創世記に登場する「アベル」と同一の語であることに着目。人間の平均寿命が約35歳と非常に短かった当時の時代背景を引き合いに出し、この言葉は悲観主義ではなく「人生の短さ」「束の間」を強調したものだと解説。だからこそ「神から与えられた命という賜物を、今この瞬間に精一杯輝かせ、胸を張って自分の道を歩んでほしい」という、若者への強い肯定と励ましが込められていると説きました。

さらに、コヘレトの語る「神の裁き」の本質は、恐ろしい罰による脅しではなく、本来は「支配」や「導き」を意味し、どのような選択をしても神は決して見捨てないという確信のメッセージであると指摘。聖書は時代遅れの古典ではなく、時代を超えて今を生きる人々に大きな生きる力を与えてくれる存在であると熱く結びました。

◆ 講演2:「神と人をつなぐ言葉」

講師:岡野 絵里子 氏(詩人、詩誌『歴程』同人)

岡野氏は、聖書の約3分の1が詩文で構成されていることに触れ、花や樹木、川など自然を用いた比喩や詩的技法を紹介。同じ内容を異なる表現で繰り返し強調する「並行法」について、息を二度吸い込むように、生まれてくる言葉の繰り返す技法は、当時の詩人たちの身体のリズムだったのではないかと解説しました。

また、神が登場しないことで知られる「雅歌」を取り上げ、決して「神のいない世界」が描かれているのではなく、神に見守られ愛される男女の姿、平和で幸福な世界が描かれていると指摘。神が人間の恋愛を肯定していること、神の見守りがあるからこそ、私たちは安心して日々の生を営むことができるのだという、聖書が内包するメッセージを紐解きました 。

さらに、詩には言葉を心に深く刻み、喜びや悲しみ、希望といった感情を祈りへと昇華させる力があると述べ、聖書は詩的、文学的にも魅力のある書物であり、記述をそのまま事実として読むより、詩的な表現や隠喩が含まれている可能性を考えながら読むとより深い感動が得られると結びました。

◆ 対談:小友聡氏×岡野絵里子氏

小友氏は、岡野氏の講演内容から、『コヘレトの言葉』の文体が変化するという特徴を取り上げ、「コヘレトも若者に語る中で、通常の言葉では表現しきれない何かに直面し、文体を変えて詩文として表現せざるを得なかったのだと説明できるかもしれない」と分析。言葉にできない事柄を伝えようとする瞬間に詩が生まれるのではないか語りました。

岡野氏は、好きな祈りの言葉として詩編23編を挙げ、文語訳で「わが酒杯は溢るるなり」と訳されたところから、「人間の器は小さいため、神様からの恵みや、自分の中から湧いてく髙悩みや苦しみもすぐに溢れて出てしまう。器から溢れこぼれてしまうものすべてが『詩』を紡ぐ源泉なのかもしれない」と応答しました。

質疑応答の後、カトリック長崎大司教区の名誉大司教の髙見三明氏による祈祷をもって閉会しました。

ご来場くださった皆さま、開催にご協力くださった関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。

講演の模様は後日Youtubeに公開予定です。