「コルポーター(聖書普及員)」―― 聖書頒布の原点

今年1月、東大阪市のある教会から、「教会の片付けをしていたら日本聖書協會と書かれた箱が出てきた」という連絡がありました。さっそく着払いで送ってくださるようお願いしたところ、届けられたのは「みことばの箱」でした。もちろん中は空の状態でしたが、この不思議な箱は何だろう?ベテラン職員に聞いたところ、これは1966(昭和41)年に活動を終えた「コルポーター(聖書普及員)」が使用していた、聖書を入れる箱であろうということでした。

聖書協会の頒布の中心的な活動で、伝道の最前線の働きを担っていたコルポーターは、1884(明治17)年にアイルランド福音協会で初めて採用されたと言われています。その後、欧米各国で相次いで採用され、日本では明治初期、聖書事業を開始した頃に宣教師が導入し、日本人信徒と共に聖書の頒布活動をしていたと言われています。日本聖書協会が銀座に拠点を置いた、第二次大戦前の1937(昭和12)年当時や、戦中・戦後もその活動は継続されていました。各地の教会の教職・信徒に聖書普及員を委嘱し、教会を通して聖書の頒布をしていたのです。大きな書店、宅配サービス、ネット通販などが一切ない時代、まさにこの「訪問販売」こそが、頒布の要であったのです。

元職員の仲井一雄氏の記事 によると、日本聖書協会は1952年頃から専任の普及員を30数名採用し、何組かのチームに分けて計画的に各地に派遣し、聖書頒布を行ったとあります。記事内で引用された雑誌『アサヒグラフ』の記事にはこうあります。

「『地の果てまでも福音を伝えよう』と山から谷へ、村から町へ、一軒一軒訪問して聖書(1部5円)を売り歩いている人たちがいる。コルポーターと呼ばれる日本聖書協会の聖書普及員だ。この人たちは、普通4、5名が一組になって指示された地方に2、3か月滞在、手分けして伝道する。また、山間僻地を自転車で飛び回るので、その肉体的疲労も並大抵ではない」

チームによる全国頒布は12年間行われた後、経費増加の問題や流通の変化などの要因で働きは終えることになりました。この一軒一軒、家を訪ねて聖書を届けるという働きは本当に尊い働きであったと思います。その働きがあって今の私たちがあるのです。

「なんと美しいことか、山々の上で良い知らせを伝える者の足は。
平和を告げ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ、
シオンに『あなたの神は王となった』と言う者の足は。」(イザヤ書52:7)

さて、この「みことばの箱」の上には、ある言葉が書かれています。私たちが調べたところ、それは讃美歌190番(1954年版)の2節を改変したもののようです。

「ひろくこの世を てらせよと
主よりわれらは あたえられぬ
これやかがやく こがねのはこ
まことのたまは うちにみてり」

全国にはコルポーターとして頒布活動に関わられた方がご存命かもしれません。その貴重な活動を後世に語り継ぐため、『日本聖書協会150年史』に残したいと思います。ぜひ日本聖書協会にご一報ください。当時のことをもっと詳しく教えていただければ幸いです。

主の恵み

2021年4月28日