訳語の選択—ふたつの方向生

2018.02.01

聖書翻訳で絶えず議題となるのは、現代にふさわしい訳語の選択です。それは主に日本語や社会が変化しているために生じる課題です。今回も、現代人にとってより分かりやすい訳語を選ぶ方向と、逆に、いくつかの理由から、いままでより、少し分かりにくいかもしれない訳語を選ぶ方向の二つの流れがありました。
 より分かりやすい訳語へ変化した例は、一つはハーブ類です。「薄荷、いのんど、茴香」は、「ミント、ディル、クミン」(マタ23:23)となりました。ハーブを使った料理が一般化して、後者を理解できる人が増えたためです。もう一つの例は、旧約聖書で使われていた「嗣業」です(例として民16:14)。これは、本事業の初めから、理解できないという声が委員から上がり続けてきました。結果的に、新約聖書で相当する言葉の訳語として使われてきた「相続」、「受け継ぐ」となりました。
 逆に少し分かりにくくても、日本語としての美しさや正確さを選んだ場合があります。その一つの例は「汀(みぎわ)」です。詩篇23:2にある水ぎわを指す言葉、アル・マイムは、口語訳で「みぎわ」、新共同訳で「水のほとり」でした。この度、美しさを考慮し、口語訳の「みぎわ」を復活させ、漢字の「汀(みぎわ)」としました。もう一つの例は「ひこばえ」です。黙示録22:16にあるギリシア語のリザには、「根」という意味と、「根から出た芽」の両方の意味があります。口語訳は「若枝」としましたが、新共同訳はより正確に後者の意味と解釈して「ひこばえ」と訳しました。「ひこばえ」は木や稲の切り株から出てきた若い芽を指す言葉です。確かに一般的な言葉ではないので、この際、別の言葉にしようという意見もあったのですが、「ひこばえ」を指すより一般的な言葉を見つけることができず、未だ使われている言葉でもあるので、新共同訳を踏襲しました。
 聖書は変わらない神の言葉ですが、訳語は言葉と社会の変化に応じて変化させる必要があります。それは原語の持つ意味と、原語が持つ文学のジャンルを絶えず正確に伝えたいという思いからです。

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