聖書翻訳の歴史 | 翻訳に尽くした人々、日本の聖書普及事業の始まり


1 キリシタン時代の初期の聖書
2 三人の漂流民とギュツラフの出会い
3 三吉(岩吉、久吉、音吉)の漂流図
4 現存する最初の日本語聖書
5 日本で最初に出版された聖書 版木が語るロマン……
6 翻訳に尽くした人々 日本の聖書普及事業の始まり
7 文語訳から口語訳へ
8 「聖書 新共同訳」の誕生
顔写真

写真の説明
上段左から、
グリーン(1843~1913)
フルベッキ(1830~1898)
S.R.ブラウン(1810~1880)
中段左から、
松山高吉(1847~1935)
ヘボン(1815~1911)
奥野昌綱(1823~1910)
高橋五郎(1856~1935)
下段左から、
N.ブラウン(1807~1886)
ファイソン(1846~1928)
マクレー(1824~1907)

1872(明治5)年9月20日、日本在住の各ミッション合同の第1回宣教師会議が、横浜居留地39番のヘボン宅で開かれた。席上、ヘボンは各教派共同で聖書の翻訳に当たることを提案した。各教派からS.R.ブラウン、ヘボン、グリーン、マクレー、N.ブラウン、パイパアとライトの7名が選ばれ、1874(明治7)年「翻訳委員社中」が組織され、新約聖書の翻訳に従事した。

一方、旧約聖書は1878(明治11)年に「聖書常置委員会」(N.ブラウン、クインビー、カクラン、ヘボン、S.R.ブラウン、ライト、ワデル、ゴーブル、クレッカー、マクレー、グリーン、パイパアの12名)が組織され、ヘボンを委員長として翻訳がなされた。これに日本人補佐役として、奥野昌綱、高橋五郎、松山高吉らが協力している。

1875(明治8)年には、北英国(スコットランド)聖書会社(NBSS)が、横浜で最初に聖書事業を始めた。翌1876(明治9)年には米国聖書会社(ABS)、大英国聖書会社(BFBS)がそれぞれの支社を横浜に開設した。この3つの聖書会社は、1904(明治37)年から、米国は北部日本を担当し、スコットランドと英国は本拠地を神戸に移し西日本における聖書普及事業を分担して展開していく。米国聖書会社が、東京・銀座に横浜から移るのは1919(大正8)年のことである。

このページに関するお問合せは
一般財団法人 日本聖書協会 聖書図書館
〒 104-0061  東京都中央区銀座 4-5-1 聖書館7F
TEL 03-3567-1995  FAX 03-3562-7227  E-mail  lib@bible.or.jp

ページの先頭に戻る

1997-2014(c)Japan Bible Society, Allrights reserved.  当サイトに掲載されている情報の無断転載を禁止します。