
古今東西の文献の中で、聖書ほど古くから今日に至るまで多くの翻訳がなされてきたものはない。2010年末現在で福音書などの部分訳を含めれば2,527種語に翻訳されている。聖書が万民にとっての永遠の真理の書であることを示すものである。
写真の説明
ベツレヘムの降誕教会にあるヒエロニムス像。
教会の地下には彼が翻訳に従事した部屋が今日も保存されている。(写真提供/横山 匡)
タルグム-アラム語訳聖書
最初の翻訳は補囚後の早い時期に始まった。この時代パレスチナでアラム語が普及し、ユダヤ教の会堂においてヘブライ語聖書が朗読されたのちそれがアラム語に翻訳されるということが行われ始めた。タルグムとは翻訳という意味であるが、アラム語訳聖書を指すようになった。
セプトゥアギンタ(70人訳聖書)
パレスチナから地中海沿岸世界に移住していったユダヤ人は、次第にヘブライ語を理解できなくなった。こうした事情からヘレニズム文化の中心地であったエジプトのアレクサンドリアにおいて、ヘブライ語聖書のギリシア語訳が行われた。紀元前3世紀中ごろ72人の翻訳者(イスラエル12部族から6人ずつ)によって72日間でト-ラ-(律法五書)の翻訳が完成したという逸話がある。これが70人訳聖書の由来である。新約聖書に引用されている旧約聖書の個所はこの70人訳からの引用であり、キリスト教が小アジア地方やマケドニア、ギリシアに進展して行ったのには、このギリシア語訳が大きく貢献した。
ラテン語訳聖書
紀元2、3世紀にロ-マ支配下の地域にある教会ではラテン語が用いられていた。数種の不完全なラテン語訳が存在したが、紀元382年ごろ教皇ダマスス1世はヒエロニムスにこれらを改訂し新しいラテン語聖書を作ることを命じた。ヒエロニムスはヘブライ語、ギリシア語本文から訳出し、405年に翻訳を完成させた。このラテン語聖書をウルガタと呼んでいる。1546年トリエント公会議においてロ-マ・カトリック教会の公認された権威ある聖書と決定された。
古代スラヴ語訳
9世紀にビザンツ皇帝の命でモラヴィア(現在のチェコ中央部)宣教に派遣されたキュリロスとメトディオスは、聖書と典礼の一部を古代スラヴ語に翻訳した。当時、聖書と典礼の言語はヘブライ語、ギリシア語、ラテン語のみという考えが根強く、ローマに召喚された二人は教皇にその正当性を訴えた。二人の翻訳は、東欧各国の典礼言語「教会スラヴ語」に発展していった。また、その弟子たちがギリシア文字を元に考案したキリル文字は、スラヴ諸民族の間で今日も用いられている。
翻訳史
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